近年の風潮、感動ポルノが酷すぎる

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最近のニュースを見ていて、本当に思う。
日本は障害者を「美化して消費する風潮」が強すぎる。

働いてるだけで「感動」「涙」「成長物語」。
いや、それ普通のことやん。
障害があろうがなかろうが「働けるから働いてる」それだけの話だ。

ところがメディアは、それをわざわざ感動話にすり替える。
これを欧米では 「Inspiration Porn(感動ポルノ)」と呼び、
批判の対象になっている。

■「障害があるからできない」と決めつけるのは“公式に差別”と扱われている

実はこの問題には、しっかりした根拠がある。

●国連の公式文書(障害者権利条約)

「障害に起因する能力不足を理由に機会を否定することは差別である」

要するに「障害があるからできへんやろ」
と勝手に決めつけるのは、国連基準で「差別」扱い。

●日本の厚生労働省(障害者差別解消法)

「能力を一律に決めつけて排除することは不当な差別的取扱いである」

完全に同じ立場。

●障害学

世界的に採用されている『社会モデル』では、

『障害とは個人の問題ではなく、社会が能力を決めつけることで生まれる』

と定義されてる。

これが昔の「障害者差別問題」の本質やった。

■ところが今は、逆方向の「障害者を美化する事による差別」が増えていると断言する。

今の日本に蔓延しているのは、

「できたら感動」
「少し頑張ったら美談」
「働いたら涙」

この雑な構図の「美化」という包装紙で包んで、
普通のことを普通に扱ってない時点で、フラットじゃないので、これは完全に差別だ。


■ピーコックのように、障害を“武器”にして戦う人間もいる

今日、ONEに出場していた、生まれつき右肘から下がないムエタイ選手ジェイク・ピーコックを知っているか?
彼は、自分に右ひじから下が欠損している生まれ持っての障害を美化しないし、ハンデとも言わない。

「自分はたまたまこういう体で生まれた。それで戦うだけ。」

それだけ言ってリングに上がり、
誰もが「えっ?こんな身体で戦えるの!?うそでしょ!?」って姿で、健常者のプロを真正面からぶん殴ってKOを量産している。今日のONE173では負けてしまったけど、オレはマジで「こいつすげえ!」ってなったよ。技術もメンタルも、フィジカルもめっちゃ強かった。ハッキリ言ってマジ化けもん。

こういう人間を見ると、
日本の「感動ポルノ文化」がいかにバカバカしいか、よく分かる。


■働くだけで美談になるなんて、むしろ本人に失礼やろ

・挨拶した
・接客した
・緊張した
・噛んだ
・最後まで頑張った

そんなもん健常者だろうが障害者だろうが、毎日やってる。

それを「感動しました!」と特別扱いするから、
本人は永遠に「特別な枠」から抜け出せない。

美談ではなく、仕事として普通に評価すればいい。


■こういう風潮が「弱者マインド」を生み出してく

ハッキリ言う。

障害を過剰に美化する風潮こそが、
「自分は弱者だ」と思い込む人間を作る一番の原因。

  • 普通の行動を特別扱い
  • それをニュース化
  • 周りが涙で盛り上がる
  • 本人が「自分は特別な立場」と錯覚する

これ、健全な社会の構造じゃない。


■美化は優しさじゃない。新しい差別の形や。

障害を美化する行為は、
差別を解消するどころか、
逆に差別を固定化する装置になっている。

障害があろうがなかろうが、
「できることはできるし、できないことはできない。」

そのシンプルな事実を過剰な感動で歪め、ビジネスの名のもとでお金に変えて喜んでる奴らが日本中に湧いてきている。

ハッキリ言うて、オレに言わせたら狂ってるわ。

美談より大事なのは、
対等に扱うこと。

それだけや。

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