憧れるっていう感覚について

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昔、取材で話した内容を勝手に短くまとめ直されて、
「〇〇に憧れて音楽を始めた」みたいな文章にされて掲載されたことがある。
あれ、本当にゲンナリする。
ハッキリ言って、自分で自分を客観的に見たとき、ただのアホに思えてしまう。

憧れ方なんて人それぞれだけど、
少なくとも僕は「人間そのもの」に憧れたことは一度もない。

その存在は知っていても、
実際に会ってみたらイメージとまったく違う、なんて人は山ほどいる。

だから僕の「憧れ」はもっと細かい。
人そのものじゃなくて、「その人の中のある部分」に惹かれる。


例えば…

武豊に憧れていた→これは間違い。
正確には、
「22頭の競走馬が走る中、ひと目で『あれが武豊だ』と分かる美しい唯一無二の騎乗姿勢」。
その「圧倒的なフォームの美しさ」に憧れた。すげえ!ってなった。

新庄剛に憧れていた→これも違う。
正確には阪神時代の、
「バット構えた時に赤いリストバンドの上から肩にかけて見える、あの二の腕の外側の筋肉(上腕三頭筋)」。
あれがカッコよすぎて憧れた。これは凄すぎる!ってなった。
実際にあれを目指して腕をめちゃくちゃ鍛えた(今も鍛えてるけど)けど、
あんなカッコイイ腕にはならんかった。笑


こういう感じで、僕は「人そのもの」に憧れたことは一度もない。
「その人に会いたい」とかも思ったことがない。会ってイメージと違ってたら悲しくなったりするでしょ?なので、憧れ(イメージ)というのはそれほど恐ろしいものであるという感覚を持っているほうが良い。相手からしたら「勝手に憧れといてイメージと違うってなんやねん!」って話になるし。

出会いなんてものは、必要な時に勝手に訪れる。
出会うべくして出会うし、出遭ってしまったせいでトラブルが起きることもある。

要するに、人間って、簡単に「憧れていい」ほど単純な存在じゃないってこと。

憧れるなら、その人の「全部」じゃなくて、
その中の「何に心が動いたのか」を、ちゃんと見極めるべき。

結局のところ、自分は自分。他人は他人。